大阪地方裁判所 昭和43年(わ)2445号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
一、被告人らは、昭和四三年七月二二日ごろ大阪市内の天王寺公園で知り合い、以来、食事・宿泊等行動を共にしていたものであるが、同年同月二四日午後二時ごろ、同市浪速区霞町二丁目四番地温泉劇場地下映画館で、ともに映画を観覧中、折柄、同映画館観覧席横の手摺にもたれて映画を観ていた田中幸治(当三四歳)と被告人五十部の視線がたびたび出会つたため、被告人五十部は同人に顔をじろじろ見られていると憤激して同人を殴打しようと意図するにいたり、被告人大木にその旨を告げて加勢を求め、被告人大木もこれを了承し、ここに被告人両名は共謀のうえ、被告人五十部が田中に近ずいて「さつきから顔をじろじろ見ているけれど何か用があるか。」などと云いながら同人の胸のあたりを掴んで同人を同映画館北西隅喫煙室まで連れ出し、他方、この様子をみていた被告人大木も続いて同喫煙室にいたり、同所において、被告人両名は、同人に対し、交互に、羽交締めにしたり、その顔面を十数回殴打し、あるいは身体を足蹴にする等の暴行を加え、よつて同人に対し治療約五日間を要する顔面打撲傷、右口唇裂傷の傷害を負わせ、
二、被告人五十部は、前記日時右喫煙室内において、右行為のため、田中が片膝をついて倒れるようにうつむいた際、そのズボンの右ポケツトから現金が覗いているのを発見してこれを奪取しようと考え、同人が、前記暴行によりその反抗を抑圧された状態に陥つているのに乗じ、やにわにポケツトに手をこじ入れて、むりやり現金三〇〇〇円を奪つてこれを強取したものである。
(判示認定にいたつた説明および弁護人の主張に対する判断)
一、被告人両名について強盗致傷罪を認定しなかつた理由
本件訴因の要旨は、「被告人両名は共謀のうえ、昭和四三年七月二四日午後二時一五分ごろ、前判示温泉劇場地下映画館において、田中幸治から金員を強取しようと決意し、同映画館内喫煙室において同人に前判示のような暴行を加えて同人の反抗を抑圧し、同人から現金三〇〇〇円を強取したが、その際右暴行により同人に対し前判示傷害を負わせた」と云うのである。
(一) 事前共謀の存否
被告人両名が暴行前に強盗を共謀したとの証拠として、被告人大木の司法警察員に対する供述調書(昭和四三年七月三〇日付)、同被告人の検察官に対する供述調書(同年八月三日付)および被告人五十部の検察官に対する供述調書(同年九月三日付)が存在する。
ところで、被告人両名は、当公判廷においては、右共謀の事実を一貫して否認するのみならず、被告人五十部は既に被告人大木の前記訴因にそう自白調書ができていたのにかかわらず、捜査の段階においても、長い間これを否認していたものである。すなわち、同被告人の司法警察員に対する昭和四三年八月二九日付供述調書はこの点を認めず、九月三日付検察官調書に至つてはじめてこの点の目的調書ができている――同被告人の八月二四日付及び同月二五日付弁解録取書、同日付勾留質問調書では前記訴因と同じ被疑事実についてその通り間違いない旨のべているが、この点は上記八月二九日付供述調書にてらし同被告人が公判廷で供述するように外形的事実を認めたのに過ぎないと考えられる。そして、右八月二九日付供述調書の内容は公判における供述と大要において一致していること、また、被告人大木は小学生のときに患つた日本脳炎が原因して、知能が低く理解力、表現力に劣り、自己を主張する力が著しく弱いとみられることから捜査官の誘導や押し付けに負け易い性格が窺われることおよび被告人両名の公判廷における供述態度内容等からみて、前記各供述調書の被告人両名が強盗の事前共謀をなしたとの記載をそのまま信用することは困難である。また、右各供述書によれば、被告人両名の共謀の内容は、本件犯行の日の午前五時ごろ所持金が少くなつたので金を工面することを相談して、その際、被告人五十部が同大木に犯行に使用する道具として皮バンド一本を渡して抽象的に強盗の共謀をし、更に、本件犯行直前に映画館内で金員を所持していそうな男(田中幸治)を見つけたとして具体的な共謀をしたと云うのであるが、右共謀の内容をなす皮バンドについては、被告人大木が本件にこれを使用した形跡は全く認められないのみならず、田中幸治は、当時、黒色の半袖シヤツとズボンを着用して他に何も持たず到底、被告人らが物色した結果の金を持つていそうな男に該当するとは考えられない(被告人五十部の司法警察員に対する昭和四三年八月二九日付供述調書末尾添付の田中の写真参照)また、被告人両名は、前示田中に対する暴行の際に、金員を探索しあるいは要求するような言動に一切出ていないことが認められるのであつて、以上の事実は、明らかに、前記共謀の供述記載にそぐわないと云わなければならない。
叙上認定によれば、前記各供述調書はその信用性を欠き、共謀の証拠となり得ず、他に、共謀の事実を裏付ける証拠は存しない。
(二) 被告人らの行為
前掲各証拠によれば、被告人らは、日中、人の出入りの多いと推測される映画館内の喫煙室に田中を連行して暴行を加えたもので、その際田中に対し、金員要求の言動(金員を出せと脅迫するとか、身体にさわつて金員を探すとか)に出た形跡も認められないところであり、これらの諸情況からも、被告人両名の行為を通じて、被告人らに金員強取の犯意があつたと認めることはできない。
(三) 以上、強盗致傷の点については、前にみたとおり、被告人両名に、強盗の共謀ないしは共同実行の事実を認めることができず、結局、強盗致傷罪の成立はこれを否定せざるをえない。
二、被告人五十部について強盗罪を認定し、被告人大木について同罪を認めなかつた理由
前掲被告人五十部の司法警察員に対する供述調書(昭和四三年八月二九日付)および証人田中幸治の供述によれば、被告人五十部は、田中が前示暴行のため、苦痛の余り前かがみに片膝をついてうつむく状態にあつた際、同人のポケツトから覗いた現金をみて、にわかにこれを奪取しようと考えて、やにわに、ポケツトに手を入れて、田中がそれを押えるのもかまわず抜き取り、そのころ、同喫煙室に人がはいつて来たので、あわててこれを被告人大木に渡したままいち早く逃走し同被告人がこれに続いて逃走するところを田中から同映画館入口階段付近でつかまえられ被告人五十部から渡された現金を返したことが認められる。
この点に関し、弁護人は、被告人五十部は、田中のポケツトから現金らしきものが見えたので確認のため抜き取り、現金と判つたので、その場に置いたものであるから、右行為は罪とならないと主張し、被告人五十部の当公判廷での供述も、右弁護人の主張と同旨である。しかし、この点に関し、被告人大木を同映画館入口附近で掴まえた際に同被告人から現金を返して貰つた旨の証人田中の供述は明確であつて、度重なる反対尋問にもかかわらずほぼ一貫しており、不合理を感じさせる点はない。これに反し、一旦、抜き取つた現金をその場に置いたとする被告人五十部の供述は、如何にも不自然で、前記証人田中の供述に照して信用できない。したがつて、弁護人の主張も理由がない。
ところで、被告人五十部は、当時、田中が、前になされた被告人両名の暴行により反抗を抑圧された状態に陥つているのに乗じむりやり被害者のポケツトに手をこじ入れその意思に反して現金を奪取したものであるから、このような場合においては、右現金奪取のときにおいて、前になされた暴行は、右現金奪取のための暴行と法律上同一視すべきである。したがつて、被告人五十部の所為は、強盗罪に該当する。
次に、被告人大木についていうと、同被告人が、被告人五十部から現金の交付を受けたときは、すでに、被告人五十部の強盗行為は完了しており、その事前に、被告人大木が、同五十部の右行為に加功する意図があつたことを認めるに足りる証拠はないので、被告人大木については、強盗罪は、成立しない。(古川実 下村幸雄 荒木恒平)